施術者紹介

 

幼少~中学生時代
幼少期の事は広島県の安芸区矢野町という海も山も近い田舎でのんびり過ごしすぎたせいなのか、あまり覚えてないんです(笑)
誰でもそんなものだと思っていましたが、妻に聞くと幼稚園時代の事などもしっかり覚えてるようで、大笑いされますが。
父親に連れられてよく海つりやクワガタやカブトムシを採りに山へ出かけていたのは覚えています。

小学校時代は好奇心旺盛で、剣道・書道・民謡・ボーイスカウト・水泳・学習塾・家庭教師・進研ゼミ(笑)など次々と習い事を親に頼んでさせてもらっていましたが、どうも飽きっぽいタイプのようで長続きせず、すぐに辞めてしまうような子でした。

剣道も何度も辞めたくなったこともありましたが、親に「礼儀と集中力が身に付くまでは続けなさい」と言われ、
小学校2年生~中学卒業まで継続し、地元の広島市立矢野中学校では剣道部キャプテンとして頑張りました。
途中辞めなくて良かったです。
おかげで今でも根性だけは誰にも負けない自信があります。

 

高校時代
地元の広島県立安芸府中高校に進学し、先輩に誘われなぜか全く畑違いの陸上部に入部し、中・長距離ランナーとして3年間走りこみました。
部員同士でするマッサージやテーピングを褒められ、ちょっといい気分に(笑)
途中、疲労骨折になり辛い経験も。
その時初めて高校の近くの整骨院にお世話になりました。
今考えるとこの時が、治療家になる初めのきっかけだったのかもしれません。
しかしその時に、すぐに整骨院の先生になりたいと思ったわけではなく、当時はスポーツトレーナーを目指していました。

 

専門学校時代~整骨院・整形外科勤務時代
スポーツトレーナーになる為に、大阪の専門学校へ進学しました(親には卒業後は広島に帰りますという約束で大阪にださせてもらったのですが…汗)
専門学校に在学中、テーピングを実践で身につける為、大阪市内の整骨院でアルバイトをさせてもらいました。
その時に初めて整骨院を開院するのに必要な柔道整復師という資格があることを知り、専門学校卒業後はそのまま弟子入り。
そこで社会人としてのイロハを叩き込んでもらいました。
午前中は整骨院で働き、柔道整復師の資格を修得するため、昼間は専門学校へ。
夕方帰ってきてから夜まで整骨院で働き、家に帰ってから勉強するというかなりハードな毎日を送りました。
この時、20歳を過ぎていましたので親に学費は頼りたくなく、見習いとして頂く少ない給料の中から何とか捻出。
柔道整復師の専門学校時代はとても貧乏でしたが、いつも師匠や兄弟子たちに食事に連れて行ってもらい、助けてもらいながら大変でも充実した毎日を送ることが出来ました。
柔道整復師の専門学校の1年生の時に奥さんと結婚。
周りからは「結婚は資格を取ってからにしたら!」と散々言われましたが、勢いだけで動ける若さって凄いですね。
今考えると「よく結婚に踏み切ったな」と我ながら思います(笑)
もちろんまだ資格は持っていないので、少ない給料でしたが、奥さんのやりくりのおかげで学費と生活費を捻出してもらい卒業し、柔道整復師の国家試験にも無事合格することができました。
その後、大阪府内のいくつかの整骨院、整形外科で、数多くの臨床経験を積みました。

 

分院長時代
開業したい気持ちもありましたが、奈良県の王寺町で新しく開院する整骨院の分院長を任せて頂けるご縁があり、そこでは経営、院の運営・企画・治療家育成・マネジメントなど整体技術だけでなく、数多くの事を経験させてもらいました。
開院後は多くの方にご来院いただき、毎朝、受付開始前から行列のできる人気の院に。
地域医療に奮闘し、始めは2年契約でしたが、結局11年間分院長を務めさせていただきました。

独立開業~現在
平成28年に河内長野市で南花台田辺整骨院・整体院を開業いたしました。
おかげさまで、開院当初より多くの患者様にご来院いただき、毎日忙しい日々を送っています。
休日にはボランティア活動として、咲っく南花台で、健康スタッフとして「身体のゆがみ」「腰の痛み」「膝の痛み」「骨盤のゆがみ」「猫背」「姿勢評価」「コルセットの付け方」など専門知識を生かせた健康相談会を開始しました。

 

 

院長の思い

私は20代前半の頃にアトピー性皮膚炎が悪化して大変な思いをした経験があります。
子供の頃からアレルギー体質でしたが、「薬に頼らず身体の中から変えないと」という母親の考えで、食べ物やその他気をつけてくれていたおかげもあり、薬を塗らなくても少し肌が乾燥しやすい位でした。
高校卒業後、大阪で1人暮らしを始めてから5年目位です。
偏った食生活や、不規則な生活が続いたのもあるのでしょう。
段々とアトピー性皮膚炎が悪化してきた為、病院に行き薬を処方してもらっていました。
ステロイドなのでとても良く効き、患部の状態や痒みはすぐに治まります。
とてもよく効くので少し疑問を感じながら薬を塗っていましたが、段々と効きにくくなり…。病院でそのことを伝えると「もう少し強いのを出しておきますね」
それを何回か繰り返しながらまた効きにくくなった時にやっと「このままその場しのぎの対処療法を続けていてはだめだ…」ということに気づきました。
薬を止め、体質を改善する為に色々な事を調べて、食べ物や健康法、整体等を実践しました。
薬を止めてから1年位はリバウンドで一気に症状が出てきてしまいとても大変でしたが、
今では、冬場など乾燥しやすい時に保湿クリームを塗る位になっています。
ストレスが溜まったり、寝不足になったりすると時々痒みが出る事もありますが、自分の生活や行動を見直す良い機会になっています(笑)
この1年間はとても大変でしたがその時の経験が、整体をする上でもその場しのぎの対処療法ではなく、根本改善を目指すきっかけになりました。

次に患者様の身体や足を診せて頂く際に、長年感じていたことがあります。
外反母趾の患者様がとにかく多いという事。
外反母趾の改善目的でお越しになっているのではなかったのですが、外反母趾の指摘をした際に、
「若い頃にヒールを履いてたせいですかね~?」位で特に気にしていない方や、
「過去に親指につけるサポーターをしてみた事もあったけど、これだけ曲がったらもうしょうがないですよね…」のような感じで諦めてしまっている方等、
気にしていない方も多いですが、気にしていても、『外反母趾は治らない』と思っている方がとても多いという事です。
足は身体の土台です。
足の親指が変形しているという事は、身体の土台が崩れているのと同じこと。
そこが安定すれば、膝や股関節及び上半身はもっともっと楽に動かせます。
その為には、外反母趾の改善が必須だと考えました。
そうすれば身体のパフォーマンスが上がり、同じ動作をするにも疲れにくくなり、症状の再発を防げる。
「患者様ご自身の力で、元気で健康な身体を維持出来るようになってもらいたい」
そんな思いで、平成30年からは新たな試みとして、外反母趾の改善に特化してネイティブウォーキング(ゆるかかと歩き)やセルフケアの指導に力を入れ、軆(カラダ)バランス整体で歪んだ身体を整え症状を改善するだけではなく、患者様ご自身で症状が再発しない為の身体の使い方、歩き方、姿勢を身につけてもらうために、邁進中です。

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